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2006年6月30日 (金)

方言♪ありがどない☆

6月も終わりだげんちょ・・・ありがどない♪・・・方言も終わりなんだわい・・・
いまっと(もっと)さすけねがど(簡単かと)思ったけど、結構難しかったみでだない・・・
書ぐのも結構かがったぞい(^^)・・・いやいやつかっちゃ(疲れた)つかっちゃ!
んでも、おもしぇがった~~!!・・・皆ありがどない♪
毎日暑いがら、ちっとうめだ(ぬるくした)風呂さでもへぇって(入って)休んべ!
おめさんらも(皆さんも)毎日忙しみでだげんちょ、がおっちまわねように(倒れてしまわないように)、ゆっくり休みなんしょ
明日がらも頑張ってくんちぇ(^^)!!

ほんじゃ・・・まだない!!

                <方言で話そ♪・・おしまい・・ありがとうございました>

2006年6月29日 (木)

方言で話そ♪其の八

地域「福島県郡山市(三春寄り)」・・・投稿者「ぎんりん
テーマ「旅の思い出

 おらの旅さは、工事中とたまげた事がくっづいでくんだ~~~!!
 こねーだ書いだヨーロッパは、泉が工事中で、友だぢとはぐれっちまったばい??ほんで、アメリカでは、帰りの飛行機がダブルブッキングしちまったし、香港でも、観光名所が工事中だったんだわい・・・
 ほんで、上海の自由市場っつーどごでは、わがの知らね後ろで「殺傷事件」がおごってだんだぞい!!ありゃ本当にたまげっちまった~~!!
 だってない、何だがさわがしど思ってだら、前がら警察来っぺし、後ろがら来た人ど肩ぶっつがって、何だべど思っだら、その人の服さ血がついでっぺし、おがしど思っで後ろ見だら、血だらげで腹おさえで、人さかがえらっちぇ、ヨロヨロ歩いで来るおんつぁん(おじさん)がいっぺし、周りの人さも、まで~~に(まんべんなく)血がくっついでで、目ん玉とび出しっちまった~~!!ほんで、救急車来っぺど思ってだら、そのおんつぁん、そごさ通ったタクシーさ乗せらっちぇ行っちまったんだわい。
 それがら、事件さかがわってるしたぢ(人達)が車道さ出でもめでっぺし、バクチクはバンバンなっぺし、ホンットにおったまげっちまった~!
 そごさ、市場がらテクテク歩いできた「あ」が来て、さわぎがよぐわがってなくて「何??」っつーがら、「こっちゃ来て見でみっせ!!」って、そごいらでもめでるしたぢ見せだら、やっぱしたまげでたわい!・・・「にしゃら(お前ら)何すんだこのヤロー」って感じで喧嘩してだんだぞい。
 天気いぐて(良くて)、ちっとまちっぽかった(少し眩しかった)んだげんちょ、たまげすぎで、瞬きもわせぢまって(忘れてしまって)だない・・(笑)
 「どげどげ!」って無理やり入ってきた警察さはごせやげだ(頭にきた)げんちょ、それどごでね~事件起きてだんだない。
 C&Aの追っかげで上海さ行ったんだげんちょ、おらの旅さは、ほだごどばり(そんな事ばっかり)くっついで来たんだ~(^^;・・・最近は事件にはあわねげど、工事中はまだいっぺあっつおい。
 こらもう・・・しゃーねーない・・・(^^)

                          <方言で話そ♪其の八・・・おしまい> 

2006年6月28日 (水)

方言で話そ♪其の七

地域「新潟全域」・・・投稿者「ちかちゃん
テーマ「旅の思い出

 旅行は、大好きだっけ、年に一回は行くんだて。去年は、愛媛の友達のところに、行ってきたて。
 四国と言えばお偏路さんだいね。いくつか、寺巡りして、来たこて。風情のあるとこばっかで、よかったて。ある寺で、早く嫁にいきなさいなんて、言われた、、、そんがことゆったって、相手がいねがんに、、、。あと、海が綺麗で、みかん畑と真珠のいかだの風景が、綺麗だったて。新潟の海もいいけど、日本海とは、また、違った雰囲気で、新鮮だったてー。四国は、初上陸したんだけど、九州ともなんとなく雰囲気が、違うみたいだし、おだやかなんだけど、凛としてるといえばいんだか、、、まあ、不思議なとこらなあ、、、
 南楽園は、すごかったて。でっこな日本庭園で、たまげたて。緑の配置が、見事だし、滝はあるし。池もごうぎな池で、鯉がいっぱいこといて、えさくれたてんがね、大群でやってきて、ピラニアみたいだったて。
 一番の思い出は友達と楽しくすごせたことらこて。家に泊めてもろて、ごっつおになって、いろんな話して、このまま、新潟帰らんで、宇和島の子になろうかと思ったて。帰る日に行った内子のレトロな町並みもよかったこて。第二の故郷と勝手に決めている、大阪、神戸に加えて、また故郷が増えたみたいやねん。こうゆう出逢いは、ほんまにええなあ。そんがことゆってたら、神戸に帰りたくなってしもた。て、あたしは、どこの人やねんて、感じになってきたっねっかて、、、
 まあ、またゆっくり行って来るこて。
 では、これで。ごめんください。

                         <方言で話そ♪其の七・・・おしまい>

2006年6月27日 (火)

方言で話そ♪其の六

地域「宮城県仙南」・・・投稿者「名無し(お友達の旦那様です)
テーマ「マイ・ブーム

 この頃のマイブームっつたら、まずは「ヤレラっぷり」だすぺ。ただむしょむしょしいでどないぐして(ただ単にどのような方法で)、危ねえどごは逃げるっつーうのがネタになるわげよ。「ひどい目自慢」みでなもんだな。
 
たどえば、昔のハナシでいえば、バイクの50コさ乗ってで、二人乗りで警察にぶぐられで(追い立てられて)、ちっこっぱづ(小枝、棒切れ)にひっかがって転んでつかまった話だどが、友だぢにいわれで行ったバイトが、暑ぐで焼げしばす(日に焼けること)になった話だどが、バイト先のオヤジがおっかなくて、びしゃづげらって(怒られて)ばっかりだったどが、しどげればしどいほど自慢でぎるっつうごどお。
 ねらってやってるわげではねんだけんとん、しどい目に会ったどぎは、友だぢど盛り上がるんだど。
 仕事でいえば、いぎなり時間のかかったデザインのデーターがぶっこわれだりしたどぎどが、バイクで来てるヤツが、仕事が最後になってメット忘れだまま出できで、10キロ歩いで帰ってった話だどが、まどめでコピーする気になってだ書類をぶんなげられだ(捨てられた)話だどが、いっぺあんだ。(わざどやってるわげではねんだげど、なんだがいろんなこどが起ぎんだ)
 こいな話をネタに飲むっつうのが、マイブームのひとづで、もひとつが、「方言」で語るごどだ。こいなぐ文章にすっと、ながなが伝えづらいんだけんとん、会社には、いろんな地方出身の人が集まってっから、いろんなどごの方言がきかれんだ。この間も、わがんねがったのが、「べったらっこい」っつう言葉。あどがら聞いだら、「平ら」っつう意味らしくて、ホントにわげわがんねがった。
 あど、わがんねぇのが、イントネーション。青森の人の話は最初わげわがんねがった。でも、なんだかんだ言って、一番方言らしいどごは、宮城県仙南の円田地区だべな。こごの言葉の方言らしさ、迫力は、今まで聞いだ方言のなかでは、ベスト5にはいっぺな。「ぼっつぢ野郎」「くさん」「どんぎり」「さんちょろ」どが、未だにわがんね言葉(記憶違いかもしれません)いっぺ有っと。そいづら(その人達)ども連絡とってねぇがら、今はどうなっってっかわがんねげど、多分、なまり、方言は、そのままだべな。もし、知ってる人でもいれば、参考にしてみっといんでねーがや。
 とにかく方言はおもしぇもんだ。なつかしいっんだが、こっぱづかしいっんだが、聞いてっと、なんだが、やっぱし、心がゆるむ感じはすんな。
 わげわがんねぇ話で申し訳ねぇけんとん、こんなもんで、終わっからわ。んでは。

                         <方言で話そ♪其の六・・・おしまい>
 

2006年6月26日 (月)

方言で話そ♪其の五

地域「福島県郡山市」・・・投稿者「トム、がんばれ!
テーマ「最近見た夢

こないだ見だ夢なんだげんちょない。
トム・クルーズが出できたんだぞい。
夢のながでトムが私に相談しっちぇごどがあるって言うがら話聞いでみだのない。
トムは日本が大好きだがら、家族ど一緒に日本で暮らしっちぇんだって言うのない。
ほんでない、トムは奥さんに話したんだげんちょもない、思いっきり反対しらっちゃがら、私に何どがしてくんちぇっていう相談だったんだわい。
私は、そだごど、わがでなじょにがしっせ!っては言わねで、トムに協力するごどにしたんだわい。
ほんでない、私は奥さんど話する前にない、まずはトム一家の子どもらど仲良ぐなる方がいいのがなぁ~って考えだどごで目が覚めっちまったんだぞい。
なんだが、中途半端な夢だったばい。ほだげど、トム・クルーズの笑顔は良がったぞい。

<解説> 
この前見た夢のことです。
トム・クルーズが出てきました。
夢の中でトムが私に相談したい事があるというので話を聞いてみました。
トムは日本が大好きなので、家族と一緒に日本で暮らしたいと言ってきました。
そこで、トムは奥さんに話をしたいそうなんですが、思いっきり反対されてしまたったので、私に何とかしてほしいという相談でした。
私は、そんなこと、自分でなんとかしなさい!とは言わないで、トムに協力することにしました。
そこで、私は奥さんと話をする前に、まずはトム一家の子供たちと仲良くなる方が良いかなぁ~と考えたところで目が覚めてしまいました。
なんだか、中途半端な夢ですよね。それはそうだけど、トム・クルーズの笑顔は良かったですよ。

                         <方言で話そ♪其の五・・・おしまい>

2006年6月24日 (土)

方言で話そ♪其の四

地域「福島県中通り」・・・投稿者「green
テーマ「マイブーム

Img_000212今ぁ~↑ 私が~↑ ハマッてるのわぁ~↑ちくわにぃ~↑ マヨネーズつけてたべる事なんだげんちょ~↑
これがまたうめぇ(美味しい)んだぞい
いちお(一応)体の事考えて~無添加だげんと~食いすぎっと(食べ過ぎると)太っから~注意して食わねどダメなんだっけ
写真わぁ~↑ 私のおすすめだ~(^^)
何かつくだにも写ってっげんちょ~(写っていますが)これもうめぇから食ってみっせ(食べてみてはいかがですか??)

                                 <方言で話そ♪其の四・・・おしまい>

2006年6月23日 (金)

方言で話そ♪其の三

地域「福島県田村市(やや、ばーちゃん世代・・?)」・・・投稿者「yumi
テーマ「実家の居候

 居候っつーのは猫(ねご)なんだげんとない、去年の9月頃にわげの周りうろうろするようになって住みついだの。つり目で、ぎすぎすした顔でちっともめんごぐながったんだ。
 そのうぢ、納屋で子なした(産んだ)みだいで、もっとやせっちまってない。しばらぐしてうちのお母ちゃんが、その親猫がらんと(お墓)のお供えくわえで走ってぐどごを見たんだって。それ聞いだ時は、さつま芋の天ぷら、猫も食うのがなぁ?なんて思って笑ったない。それまで野良猫なんてかまー(かまう)つもり無がったうぢのお母ちゃんは、そういうどご見だら急にもごい(可哀想な)気がして「これは協力してやんねえど(やらなくちゃ)」と思ったんだって。で、ダンボール箱に座布団入れて家作って、ずんねぇ(大きい)キャットフードの袋買ってきて、食いだでねぇ程(食べきれない程)エサやったりしてだよ。
 エサはやってんけんと、元々野良猫だがら、エサ(ネズミとか)取りに行ってだっけ。取ってくっと、自分は食わねぇで、子供にやんだわ。やっぱり猫だって子育ては容易でねぇんだない。感心もすっけんと、ネズミもって来たりすんの見っと、正直、いなせわり~!と思っちまーんだ。まぁ、猫だがらなぁ・・・。

 今では子猫もすっかりでっかぐなったよ。不思議な事に、親はすっかり飼い猫みだいになってんけんと、子猫は生まれでがらずっと家にいる割には人になかなか慣れなくてない。私が近寄っと逃げるくせに、もしかしてエサもらえんじゃねぇがど思ってんだが何なんだが、ちょっと離れだどごで、私のこどまぶって(見張って)んだっけ。ちっとにくたらしいげど、うちのお母ちゃんは別みだいで、だっこされでも平気なんだわ。いっつも世話してくれる人はわがんのがな~ど思うど、やっぱりめんごいな。
 で、ようやっと子育ても終わったがど思ったら、親猫がまだ子なしたんだ(また子を産んだの)。あら~、どうすっぺない、なんて苦笑いしてだら、今度は先の子供まで子なしたっていうんだわ。先の子供は、メス3匹(1匹いたオスはもらわれていった)いで、これが全部、産みそうなんだって。まだ1才にもなってねぇのに・・・。それに猫って1年に2回も出産できっとは思ってながったない。猫なんだげんとネズミ算。算は産でもいいがも♪なんてない(^^;
 しかし、全部で何匹いんのがない??あやまったもんだ(困ったもんだ)・・苦笑

                          <方言で話そ♪其の三・・・おしまい>

2006年6月22日 (木)

方言で話そ♪其の二

地域「愛媛県南」・・・投稿者「メリー
テーマ「昨日見た夢

東北とちごうて、愛媛は標準語に近いけんな。文章も普通やろなし。

 さて、ゆんべ(昨夜)ではないけんど夢の話をしようかなし。
 私は、がいに(すごく)馬が好きなんですらい。毎週競馬もしよるんですらい。馬の事ばっかりかんがえよるけんなし、夢にも出てくるんですらい。夢ん中では、たいがいレースのしまいまで出てくるんよなし。(夢の中ではだいたいレースの終わりまで出てくるんですよ)
 よう夢のお告げ言いますらいなぁ。その馬券を買うんですらい。これが当たらんのよなし。こないだは(先日は)友達までお告げがあったゆうて電話してきよってなし。一口乗ってみたんやけんどなし、それも当たらなんだい。ほんでもなぁ、ほんとのお告げやったらいけんけん、また今週も買わないけんやろなし。お告げが当たったら報告するけんなし。楽しみにしとってやんさいや。

                          <方言で話そ♪其の二・・・おしまい>
                          一日あいてしまいました・・ごめんなさい

2006年6月20日 (火)

方言で話そ♪其の一

地域「福島県郡山地方(三春寄り??)」・・・投稿者「ぎんりん
テーマ「箸置き・・Ⅱ

Nnn11_0011なすてわげ(我家)さは、こだな箸置きすかねーんだべない!
べづにない、わがで買ってきたわげでねーんだぞい
みんなどっかがらもらったもんなんだわい!
皿どが、お椀どがさついできたんだげんちょ、んっとめんげがら、わがでつかべど思ってとっであんだ~(^^)
最近の箸置きっつーのは、こだなおもしぇもんばりあって楽しない♪
まま食うのも楽しぐなっちまない~(^^)
ほんでない、箸置きは重りにもなんだぞい!メモどがおさえでおげんだわい!
つえー風さは負げっちまげんと、つっとはやぐにたづぞい
おめさんも使ってみんせ☆・・・ほんじゃ、まだない~(^^)

解説・・無しでも分かるかと思いますが一応(いわゆるズーズー弁ですので・・)
どうして我が家には、このような箸置きしかないのでしょうか!
別に、自分で購入してきたわけではないんですよ
みんなどこかから頂いた物なんです!
皿とか、お椀とかについてきたのですが、とても可愛いので、自分で使おうかと思ってとってあるんです(^^)
最近の箸置きというのは、こんなに面白いものばかりあって楽しいですね♪
ご飯を食べるのも楽しくなってしまいますよね~(^^)
で、箸置きは重りにもなります!メモとか押さえておけるんです!
強い風には負けてしまいますけど、少しは役にたちますよ
あなたも使ってみませんか☆・・・それでは又~(^^)

                          <方言で話そ♪其の一・・・おしまい>

2006年6月19日 (月)

方言週間(^^;

と、一応言っておきましょう!!・・・しかし、ちまたはサッカー一色・・・
昨日はドロー・・・んーーー!なかなか1点がとれないですね~~
次のブラジル戦!どうなるでしょう・・試合は午前4時(日本時間)ですって??
わーお!!先に休んで気合で起きるしかないじゃないですかっっ!
頑張って欲しいですね!!

ほんで、本題の方言ですが、まず私(自分)のから掲載したいと思います
旅行記が長びいたり、締め切りが延びたりと遅れましたが、やっとです!
そして順に・・・ってことで、明日から掲載します(再び一日延びる・・・)・・・汗
サッカーで寝不足の皆さん!こりずに読んでやってください(^^;

2006年6月18日 (日)

応援準備OK!!

今日はサッカーのクロアチア戦ですよ!!準備OK??
ロールキャベツも食べたし、エビも、豚肉も(子豚じゃなかったけど)食べました(あらら・・・ミクシィの日記とだぶっちゃったですわ)
・・・だって、石ちゃんが(石塚さんが)今日のTVで食べてたんだもの・・・
デコ屋敷に来てたなんて・・・そしてJヴィレッジでシュートしてたなんて・・(^^;

これでクロアチアはこっぱみじんさ!!
さぁ!今日は皆で応援しよう!!

2006年6月10日 (土)

ヨーロッパの旅・最終回

7・・帰路

Nnn_0214 日本を離れて2週間が過ぎた。旅ももう終わりだ。街並もみた、美術品にもたっぷりふれた。こんな満足できる旅は初めてだった。数々のハプニングも、すでに楽しい思い出となって心に残っている。・・・飛行機は時間通りに飛び立った。
 あっという間だった。近付いてくる空港には日本語が見える。久しぶりの成田だ!!・・・私達は大量の土産をかかえて空港を出、電車に乗った。
 電車の中で言葉は無かった。疲れていたのもあるだろうが、ただそれだけではなかった。皆、余韻にひたっていた。
 私は楽しかった反面寂しかった。やっと外に出たと思ったら、又「温室」の中に戻された植物のような気持ちだった。もっといたかった。・・・日本に着いて、ふとそんなふうに思った。
「機会があったら又行こう!私にとって魅力のある街だった。絶対に行こう・・・」
 目を閉じながら私は思った。
 と、又鼻を「つつーーっ」と何かがつたった。
「あー・・・もう!!やんだ(イヤだ)ごど~~・・・」
 やはり私の体は、長い気圧の変化に耐えられなかったのだ。あわててハンカチを取り出し鼻を押さえた。・・・そして電車にゆられ、私達はそれぞれの家路についた。

                          (1990年3月12日帰国・・・おしまい)

2006年6月 9日 (金)

ヨーロッパの旅・14

 ルーヴル美術館といえば「モナ=リザ」である。これを見ずして帰るわけにはいかない。ヨーロッパの美術館は、絵画や彫刻など、ほとんどの美術品の写真撮影が可能である。特別な場所とフラッシュ撮影のみが禁じられている(15年以上前はそうでした・・今は分かりません)。その場でイーゼルを立て、絵の具を広げて写生することも許されている。昨日も、目の前のオルセー美術館では、学生が何人も写生をしていた(今は分かりません)。観光客はそんな中で美術品を鑑賞する。
 『モナ=リザ』はそんな場所をくぐった所にあった。ガラス張りの中に置かれている。周りは人、人、人、人、人だかりだった。そんな事は承知の上だった。絵画のサイズが小さい事も分かっていた。・・・しかし何故か感動がなかった。本物を目の前にして、私は冷静だった。
「ふーん・・・これかこれか・・・ふーん・・・」
 確かに人だかりは邪魔だった。でも普通、もう少し興奮してもいい筈である。・・・しかし私には、ただの一枚の絵画としてしか映らなかった。期待が大きすぎたのか何なのか、それは自分にも分からない。
 私はじっくり眺める事もなく、その場を通り過ぎた。
「私には『睡蓮』の方が良かったみたいだな・・・」
 それが私の感想だった。オランジュリー美術館の「睡蓮」は目に焼きついて離れなかった。円形の部屋から出るのさえおしく、中央に置いてある椅子に腰掛け、しばらく動けなかった。
 『モナ=リザ』・・・誰もが知っていて誰も知らない、レオナルドが生涯死ぬまで手放さなかったという名画・・・。「そんな人だかりがあったな・・・」と、私は心の中に残しておこうと思った。

2006年6月 8日 (木)

ヨーロッパの旅・13

6・・モナ=リザ

Nnn11_0141 イタリアからフランスへは夜行列車で移動した。夜中にミラノで一時停車し、国境をこえてパリに入った。
 私達は美術館をいくつかめぐり、その合間にエッフェル塔へ(階段で)上ったりした。

 ルーヴル美術館には丸一日かけていた。それでもどれだけ見られるか分からない。その日は朝から曇っていた。入り口のピラミッドには行列ができている。
「ひゃーっ!入るのも大変なんだー・・・」
 ところが前に進む気配は一向にない。行列はどんどん長くなっている。入り口付近では何やらもめているようだ。
「まずい・・・ストかな?こりゃ・・・」
 誰かがいった。私達は声をそろえていう。
「そんなの聞いてないよ~!」
 一度この地を訪れた事がある仲間の一人は「又か・・・」というような口調でいう。
「ここでは日常だよ・・・当日急にストになったり、午後から入り口が開いたり、気まぐれなんだ!」
「えーーっ!ここまで来て見れないのかなー?」
「さーてね!でもそんな深刻そうに見えないから・・・」
 大丈夫だ!・・・というように聞こえた。行列は遥か先まで続いている。
 一時間ほど過ぎた。周りはざわついている。・・・急に列が動き出した。入り口が開いたのだ。私達は待ってましたといわんばかりに小走りで中に入った。
 中に入ってみると、そこは迷路だった。自分の位置すら把握できないほどの広さだった。「ニケの前で○時間後に!」・・・なんて仲間達と約束をしたのはいいが、ニケの前に戻れるかどうかも怪しいほどだった。(^^;・・・天井が高く壁が広い。美術品は、そんな空間に所狭しと並んでいる。絵画が縦に2段に並んでいるところもあった。
「はーーーっ!・・・」
 私はその空気に圧倒され続けて、頭が飽和状態になった。

(※そんなルーヴル美術館内の空間は、映画「ダ・ヴィンチ・コード」で観ることができます!・・「ニケ」も一瞬でてきます)

2006年6月 7日 (水)

ヨーロッパの旅・12

 時子達は電車に乗った。もう後はフィレンツェに着くのを待つだけだ。駅まで迎えに来てくれるならその後も心配ない。時子は焦りが消え、やっと冷静に物事が見えてきた。この数時間の出来事が思い出される。・・・車掌のいった言葉を思い出した。
「そうだ!・・・」
 時子は自己嫌悪におちた。あの時の車掌の言葉はちゃんと頭に入っていたのだ。車掌は「次の駅」といったのではなく、「次の次の駅で降りると本来の電車に乗れるよ」といったのだ。確かにそういっていたのだ。次の駅にフィレンツェ行きの電車は停まらないから、その次に行けと・・・時子は自己嫌悪のどん底におちた。
「あぁ・・・あそこで私が冷静になっていれば・・・」
 後悔ばかりが頭を支配する。他の三人はゆっくりと休んでいる。安心したのだろう。外は真っ暗だ。四人を乗せた電車は、暗闇の中をフィレンツェに向かってひたすら走っていった。

 私は天井を見ていた。テレビも消し、ベッドに寝転んで天井を見ていた。私達がここに戻ってから、すでに4時間以上過ぎている。もう11時半だ。
 と、ドアの外で話し声がした。添乗員と、聞き慣れた高い声・・・時子の声だ!!
 ドアがノックされる。私は飛び起きてドアを開けた。
「・・・お帰り!」
 申し訳なさそうに身を縮めて立つ時子に、私は腕を広げた。・・・他に言葉は無かった。
「ただいま~~・・・」
 時子はヨロヨロと部屋に入り、私の腕の中へ入ってきた。
 そして私達は深い眠りについた。・・・長ーい長ーい一日が終わった。

2006年6月 6日 (火)

ヨーロッパの旅・11

再び続きです・・・

 私は部屋でひとり椅子に座っていた。添乗員の指示で部屋に待機していた。テレビをつけていたが目に入っていなかった。・・・何も手につかなかった。
 電話が鳴った!一瞬ドキッとした・・・。
「はい!!」
 電話の相手は仲間の一人だった。
「えっ・・・本当??・・・よ~かった~~・・・」
 私は肩の力がふっと抜けた。時子達から連絡がはいったというのだ。彼女達は、この後の最終電車に乗って帰ってくるという。フィレンツェの駅までは、添乗員ともう一人が迎えに行くといった。私はこのまま、部屋で彼女の帰りを待つことになった。
「ふぅ・・」
 大きく息をついた。・・・すると、急に周りの状況が目に入ってきた。つけていたテレビでは、色あせた古そうなアニメが流れている。どこかで目にした映像だ・・・ん??よく見ると「秘密のアッコちゃん」ではないか。もちろん日本アニメのイタリア語バージョンだ。「タイショ!(大将)」という言葉だけがききとれる。あとはさっぱりわからない。しかし今の私にはこの上ないやすらぎだった。私はしばらくそれを観ていた。

2006年6月 4日 (日)

一休み(^^)

旅の話はあと残り5回です!本日は一休み(^^)

昼までねむりほうけてしまいました(^^;
今日から仕事で出張(??)の相棒を、朝6時前に送り出して再び睡眠!
消防車のけたたましい音で目覚めたら12時でした・・・(笑)

昨日の夜、奥歯の詰め物が取れているのに気付いてから憂鬱・・・
歯医者に行きたくないよ~~・・でもいかなくちゃ・・・
どうやら詰め物は飲み込んでしまったらしい
これからしばらく憂鬱な日々が続くでしょう(涙)

2006年6月 3日 (土)

ヨーロッパの旅・10

「ミスターニシカワ・プリーズ」
「ミスターニシカワ・プリーズ」
 時子は受話器に向かって繰り返した。何度も繰り返した。添乗員に何とかつながって欲しい。ただそれだけだった。・・・彼の部屋番号は覚えていない。
 しかし、時子の問いかけにホテルマンは冷たかった。
「何ていってるの??」
 加藤は時子の顔を見た。
「・・・そんな人はこのホテルに泊まってないって・・・」
 そんなはずはない。ホテルの電話番号は間違えていない。・・・しかし何度問いかけても、ホテルマンの答えは同じだった。仕方なくその場は受話器をおいた。
 どうして通じないのか。発音が違うのか。・・・そうなのかもしれないと気付いた四人は再び悩んだ。初めからやりなおしである。坂本はうつむいたままだ。
「なんとかしなきゃ・・・」
 また焦りが大きくなる。四人はなすすべもみつからず、途方にくれていた。

「ドカ・・・シマシタカ・・・?」
 どのぐらいたっただろう。四人の後ろから、聞き慣れない口調の日本語が聞こえた。振り向くとそこには、日本人離れした顔立ちの青年がひとり、四人を見つめて立っていた。
「ドカ・・・シマシタカ・・・?」
 もう一度彼は言った。・・・四人は、閉ざされた気持ちの扉が一つ開いたような気がした。彼は、日本語を勉強している学生だという。本当か嘘か・・?疑っている暇はない。時子はとりあえず状況を説明した。
 彼は状況を把握し、電車を調べてくれた。フィレンツェに向かう電車はまだあるというのだ。次の駅まで行ってそれに乗れば大丈夫だと教えてくれた。
「天の助けだ・・・よかった~~」
 四人の顔は明るくなった。後はホテルに連絡がつけば一安心だ。
 ・・・彼は動いた!!代わりにホテルへ電話もかけてくれるというのだ。フロントから仲間の誰かに・・・添乗員につないでくれるよう頼んだ。
 彼はにっこり笑った。 

2006年6月 2日 (金)

ヨーロッパの旅・9

「だめだ・・・全然通じないよ・・・」
 加藤は受話器を持ったまま時子の方を向いた。となりでアドバイスしていた時子もどうしていいかわからなかった。
「どうしよう・・・」
 連絡もとれない。電車はどれに乗ればいいのか分からない。小さな駅の人々には英語も殆んど通じない。イタリア語もよく分からない。四人は何か手がかりを探しに駅の外へ出た。
「なんとかしなきゃ・・・」
 時子は頭の中で何度も何度も自分に言い聞かせた。・・・と、急に誰かがしゃがみこんだ。坂本だった。
「どうしたの??」
 青い顔をしている。時子は額に手をあててみた。熱がある!緊張と不安のせいだろうか。・・・あたりも暗くなってきた。
「駅に戻ろうよ・・・」
 風も冷たくなってきた。これ以上外にいたら全員が動けなくなってしまいそうだった。
 駅の待合室で椅子に座る。坂本の顔色はさっきよりもっと悪くなったように見える。ずっと頭を下げ、黙ったまま動かない。
「もう一度ホテルに電話してみようよ・・・」
 四人が皆と離れてから2時間が過ぎていた。他の仲間はもうホテルに着いているはずだ。とにかく誰かの部屋につながれば、あとはゆっくり状況を説明することができる。添乗員につながれば、その後どうすればいいか指示を出してくれるはずだ。・・・問題はそこまでつながるかだ。前例があるだけに不安だが、やってみなければわからない。
 又、受話器をとった。

2006年6月 1日 (木)

ヨーロッパの旅・8

 私達はホテルに着いた。迷わずフロントに向かい、連絡が入っているか確認を急いだ。・・・ホテルマンは動いた。
「何か連絡が入ってる!」
 ホテルマンはメモを差し出した。しかしメモの内容が理解できない。ホテルマンも首をかしげている。どうやら、宛名の分からない電話のメモをとりあえず持ってきたらしい。
「カーート・・・カーート・・・???」
 ホテルマンはそういっている。しかし「カーート」という言葉に聞き覚えはない。私達の求める電話なのだろうか・・・?もう一度メモを眺めた。確かに「カーート」と書いてあるようだ。
「カーート・・・カート・・・カト・・・?カト!?」
「もしかして・・加藤?かな??」
 それ以外の言葉はメモに残っていなかった。私達の求める電話・・・それが四人の中のひとり「加藤」からの電話だったかもしれないというのに、それ以上のことは分からなかった。・・・その電話は、ホテルマンに殆んど通じなかったようなのである。
 数時間後、添乗員が帰ってきた。・・・一人だった。
 時子達からの連絡はそれから入ってこない。・・・私達は、再び誰かから連絡が入ることを願って、次の対策を考えることにした。

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